「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」 (『真宗聖典』)     



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「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」
『仏説阿弥陀経』 (『真宗聖典』p.126)
出所:http://www.otani.ac.jp/yomu_page/kotoba/nab3mq0000000kxh.html

 
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阿弥陀仏(鎌倉)





竜安寺の「吾唯足知(吾れ唯足るを知る)」の蹲

「知足のものは貧しといえども富めり、不知足のものは富めりといえども貧し」という禅の格言を
謎解き風に図案化したもの。



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出所:竜安寺の画像検索結果

記憶に間違いがなければ方丈庭園の北東にあり、渡り廊下の角にあったと思う。
学生時代には渡り廊下から奥に入れたが、娘の卒業式の時に訪れたときには廊下の手前に竹の棒で柵がしてあり、
奥に入れなくなっていた。今もそうだろうか?


足るを知って分に安んずる(知足安分)





歴史がどう変化しようが、正しいことは正しい、間違っているものは、間違っているという、根本的な価値判断が、どっかへ行っちゃった。  ( 丸山真男)                               



 人間の一生は地獄でして、寸善尺魔、とは、まったく本当のことでございますね。
一寸の仕合せには一尺の魔物がついてまいります。人間三百六十五日、何の心配の無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。 (太宰治:ヴィヨンの妻)



災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。
死ぬ時節には、死ぬがよく候。
是ハこれ災難をのがるる妙法にて候。  (良寛)



この秋は雨か嵐かしらねども、今日のつとめに田草取るなり  (二宮尊徳)





(彼らが最初共産主義者を攻撃したとき)

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった    (マルティン・ニーメラー)





by kappa-999 | 2016-12-31 23:59 | 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光

つれづれに浮世の憂さを戯言に                                        彼岸に渡るまでの暇つぶしと気晴らしのブログ          


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