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徒然に浮世の憂さを戯言に (河童の徒然なるままに)

カテゴリ:丸岡城( 1 )

2011.07.23 丸岡城

       
    
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丸岡城は、福井平野丸岡市街地の東に位置する小高い独立した丘陵に築かれた平山城である。
近世に、山麓部分が増築され、周囲に五角形の内堀が廻らされていた。
安土桃山時代に建造されたと推定される天守は、国の重要文化財に指定されている。
現存12天守の一つ。


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「霞ヶ城」の名の由来は合戦時に大蛇が現れて霞を吹き、城を隠したという伝説による。
越前騒動により、附家老として福井藩に附せられた本多成重が福井藩より独立して丸岡
藩初代城主になる。
本多成重は、「鬼作左」の異名をとった本多重次の長男。日本一短い手紙
「一筆啓上仕り候。火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ」
のお仙である。


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北陸地方では丸岡城の天守のみが現存している。
大入母屋の上に廻り縁のある小さな望楼を載せた古式の外観から現存最古の天守とも
呼ばれている。現在、見られる天守は、昭和23年(1948年)の福井地震によって倒壊し
た後、昭和30年(1955年)に部材を組みなおして修復再建されたのである。その際、最
上階の窓の造りが引き戸から突き上げ窓に改変されている。


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独立式望楼型2重3階で、1階平面を天守台に余分を持たせて造られているため天守台
を被せるような腰屋根が掛けられている。屋根瓦には笏谷石製の石瓦が寒冷地であると
いう気候事情により葺かれているといわれる。


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天守閣内部

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                                               ↑ 勾配の厳しい階段

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天主閣からの展望

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通称霞ヶ城
城郭構造連郭式平山城

天守構造独立式望楼型 2重3階(建造年不明 木造 現存)
築城主柴田勝豊
築城年1576年(天正4年)

主な城主本多氏、有馬氏
廃城年1871年(明治4年)

遺構現存天守、移築門、石垣

指定文化財重要文化財(天守)                        (wikipedia参照)





現存12天守といわれるのは、姫路城・彦根城・犬山城・松本城・高知城・松江城・備中松山城・松山城・弘前城・丸亀城・宇和島城.丸岡城。

丸岡城を見学したので現存12天主は弘前城だけになった。ブログ上では彦根城・犬山城・松本城・弘前城が残っている。
   

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by kappa-999 | 2011-07-23 15:45 | 丸岡城

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