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徒然に浮世の憂さを戯言に

カテゴリ:伊賀上野城( 1 )

2010.04.16 伊賀上野城     

      

三重県伊賀市上野丸之内(上野公園)にあった平山城である。白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれる。



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1585年(天正13年) 大和郡山から移ってきて伊賀を拝領した筒井定次により、天正伊賀の乱で焼け落ちた平楽寺の跡に築城された。天守は3層であったといわれるが、史料は残っていない。城代屋敷の北東隅に筒井時代の天守があったと考えられている[2]。
しかし定次は、かねてから不行状で島清興などの重臣に多く出奔されており、ついに1608年(慶長13年)、徳川家康の命により改易させられた。その後伊予・宇和島から築城の名手とされる藤堂高虎の持ち城(本拠地は伊勢国・津城)となり、城の大改修が行われた。
改修は豊臣討伐に備えて堀を深く、石垣も高くし、南に二ノ丸を構築した。天守の位置を西側に移動し、今治城天守を移築しようとしたが、天下普請となった丹波亀山城に献上したため新規に5層天守を建設した。しかし、竣工をひかえた1612年(慶長17年)に嵐のため天守は倒壊しその後、豊臣氏の滅亡で堅固な城が必要なくなったのに加え、武家諸法度による新規築城や改修の規制により江戸時代を通じて再建されることはなかった。
1825年(文政8年)藤堂高猷が最後の城主となる。


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高石垣


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通称白鳳城、伊賀上野城
城郭構造梯郭式平山城
天守構造層塔型3層3階(木造・1935年模擬)
築城主筒井定次

築城年1585年(天正13年)

主な改修者藤堂高虎

主な城主藤堂家
廃城年1871年(明治4年)

遺構石垣、堀
指定文化財国の史跡
再建造物模擬天守



城内から見える俳聖殿


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資料はwikipediaを参照



 

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by kappa-999 | 2010-04-16 16:25 | 伊賀上野城

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