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河童の徒然なるままに

カテゴリ:丸亀城( 3 )

2012.04.18 丸亀城 (倉吉の旅の途中)

   
倉吉の”打吹公園の桜”見物の予定だったが、冷え込みが続いたために開花が遅れており、
丸亀城の桜見物に変更。丸亀城は二度目。



     大手二門


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        高石垣上の天主閣を大手二門から眺めることができるのと高石垣が、この城の魅力。







大手一門


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御殿表門


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     最初に来た時には、途中から雨が降り出したためにこの門を見ることが出来ず。
     この門の内側には庭園があるだろう期待していたのだが、桜が植わった広場だけで何もなし。





高石垣にチョコンとのっている”小さな天主閣”



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内堀


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2007.07.16 丸亀城跡

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by kappa-999 | 2012-04-18 01:00 | 丸亀城

2012.04.17 お堀の白鳥。

       

丸亀城のお堀に泳ぐ白鳥。 
 


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2012.04.08 倉吉バス旅行
    
    
     
by kappa-999 | 2012-04-17 19:24 | 丸亀城

2007.07.16 丸亀城跡    

     

石垣の美しい城として有名。日本一小さい天主閣<明石城、弘前城の三層櫓よりも小さい。
国内に現存する天守(12城)のうちの一つである。
城の形式は輪郭式平山城。丸亀市街地の南部に位置する亀山(標高66m)を利用し、
日本一高い60mの石垣が扇の勾配と云われる手法で組まれているのが特徴的である。
縄張りはほぼ四角形で亀山の廻りは堀(内堀)に囲まれている。
 
1597年、西讃岐の中心として生駒親正が築城。関が原の戦いの後、親正の長男一正が讃岐17万3千石を拝し高松に移る。
1615年一国一城令により廃城。
1641年山崎家治が丸亀城主となり西讃岐5万3千石を領し、西国外様大名を海上から押さえ込むために再築。
1658年山崎氏に嫡子なく絶家。京極高和が播磨竜野から転封。京極氏7代の居城となる



丸亀城の縄張図


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 高石垣


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天主閣 (正面上)  二の門 (正面)  一の門 (右側)


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一の門


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扇の勾配


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天主閣


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父から聞いた話。カッパ家は越前金ケ崎(福井県)に起こる。
ご先祖は生駒氏に仕えたことがあるという。弓が上手く盗賊を射て捕らえ城主から感状をもらったという記録が本家の本家に残っている。
生駒氏は、1640年「生駒騒動」により改易となり、ご先祖様は失業。


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by kappa-999 | 2007-07-16 00:00 | 丸亀城

つれづれに浮世の憂さを戯言に                                        彼岸に渡るまでの暇つぶしと気晴らしのブログ