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徒然に浮世の憂さを戯言に (河童の徒然なるままに)

カテゴリ:宇和島城( 2 )

2007.11.05 宇和島城 ②        

    

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縄張りは梯郭式平山城である。藤堂高虎により現在の五角形の縄張りの城が形づくられた。
東側に堀、西側半分が海により防衛されていたが、現在は堀も海も埋め立てられている。

天守(国の重要文化財)と上り立ち門(市指定文化財)、石垣が現存する。江戸時代は宇和島藩の藩庁となった。                 (wikipediaより)
         


天守閣への上り口


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季節はずれの桜が咲いている一枝

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天守閣

         
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天守閣入口


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天守閣の内部


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天守閣からの宇和島市内


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More  宇和島城続き
by kappa-999 | 2007-11-05 00:00 | 宇和島城

2007.11.04 宇和島城 ①      

        

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市街の中央、海抜約80メートルの城山に三重三層の天守閣を頂く宇和島城は、その均整のとれた美しさから別名鶴島城と呼ばれています。
築城以来約400年の歳月を経ており、現存する12ヶ所の天守閣のうちでも江戸時代様式を留める貴重なものとして国の重要文化財に指定されています。

現在の地に初めて天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎(とうどうたかとら)築城のときとされています。城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。
高虎が今治に転封となってのち、奥州仙台藩主、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石を賜り、元和元年(1615)に入城。2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、寛文11年(1671)に完成。その姿を現在に残しています。    (宇和島観光協会HPより)




城山の北登山口
 

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                                桑折(こおり)氏武家長屋門


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by kappa-999 | 2007-11-04 00:00 | 宇和島城

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