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徒然に浮世の憂さを戯言に (河童の徒然なるままに)

カテゴリ:赤穂城( 1 )

2009.01.12  赤穂城      

     

播州赤穂城の歴史


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JR播州赤穂駅から南へ、風情のある街並を抜けると、白亜の二層の隅櫓がある赤穂城跡に着きます。正保2年(1645)、5万3500石をもって常陸国笠間から転封された浅野長直が甲州流兵学者の近藤三郎左衛門正純甲州流兵学者に築城設計を命じ、慶安元年(1648)から13年を費やして築いた城です。長直は築城中、山鹿素行を招聘し、縄張りについて意見を聞いた。これにより二の丸周辺の手直しがされた。それまでは一重の堀に囲まれた掻上城(かきあげじょう)という質素なものであった。

甲州流軍学による城郭の縄張りは本丸と二の丸は輪郭式、二の丸と三の丸の関係は梯郭式になっており、近世城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城です。

赤穂城は5万石の浅野氏には過度に広壮で、これがために財政難に陥った。5層天守の造営も計画されていたが幕府への遠慮か財政難の為か造営されず、天守閣は築かれず天守台のみが築かれました。

明治の廃藩後、赤穂城もまた取り壊されましたが、昭和30年に隅櫓、平成4年~8年にかけて本丸門が復元されました。
                 (赤穂観光協会のHP・wikipediaのHPより引用)
                                                                                          

     大手門

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     大手隅櫓

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     枡形


 城の一の門と二の門との間の広く平らな正方形または長方形の地。ここで敵の進む勢いを鈍らせる。


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     二の丸門跡


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     赤穂城本丸庭園跡


     1月4日からの開園のために中に入ることができなかった。  残念、残念!


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     清水門跡

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今回は赤穂ICの標識をみて急に思いたったように立ち寄ったが、赤穂には、その他にも名跡・名所があるのでもう一度ゆっくりと訪れたい。



    

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by kappa-999 | 2009-01-12 00:00 | 赤穂城

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