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河童の徒然なるままに

カテゴリ:小田原城( 4 )

2016.11.05 小田原城 常盤木門 (10/24)


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銅門から常盤木門へ。


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本丸へ


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馬屋曲輪からの常盤木門


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More 小田原城後記。
by kappa-999 | 2016-11-05 21:36 | 小田原城    

2016.11.05 小田原城 銅門(あかがねもん) (10/24)



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常盤木門から見る銅門(あかがねもん)


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馬屋曲輪から見る銅門。


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左奥は常盤木門


by kappa-999 | 2016-11-05 11:20 | 小田原城    

2016.11.04 小田原城 馬出門  (10/24)



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学橋と隅櫓



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住吉橋と銅門


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馬屋曲輪からみる銅門(奥は常盤木門)。


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by kappa-999 | 2016-11-04 21:38 | 小田原城    

2016.11.03 小田原城天守閣(10/24)

   

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小田原駅西口にある北条早雲の像

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小田原城(おだわらじょう)は、神奈川県小田原市にあった、戦国時代から江戸時代にかけての日本の城(平山城)で、北条氏の本拠地として有名である。江戸時代には小田原藩の藩庁があった。城跡は国の史跡に指定されている。


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北入口から入って直ぐに見えてくる天守閣。
北口から入ると天守閣は近いし、正面入口まで下りになるので楽になる。


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タクシーから降りて歩き出したら、息切れと足腰の痛みがでてくる。
天守閣まで坂道で、昇ると酷くなり難儀する。

この時も小田原城に来たことを後悔するが、後の祭。
痛みに耐えながら前に進む。




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馬出門から見る天守閣

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別名
小峯城(小峰城)、小早川城(小早川館)
城郭構造
平山城
天守構造
複合式層塔型3重4階(1633年 築)
(1706年 再)
(1960年 RC造復興)
築城主
大森頼春
築城年
1417年(応永24年)
主な改修者
上杉氏、北条早雲、大久保忠世、稲葉正勝
主な城主
後北条氏、阿部氏、稲葉氏
大久保氏
廃城年
1871年(明治4年)
遺構
石垣、土塁、堀
指定文化財
国の史跡
再建造物
天守、門



北条氏は、居館を今の天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山(現在の小田原高校がある場所)を詰の城としていた。だが、建築者は、不明である。 居館部については北条氏以前の大森氏以来のものとするのが通説であるが、大森氏時代にはより東海道に近く15世紀の遺構が実際に発掘されている現在の三の丸北堀付近にあったとする異説もある。3代当主北条氏康の時代には難攻不落、無敵のお城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた。江戸時代に居館部が近世城郭へと改修され、現在の小田原城址の主郭部分となったが、八幡山は放置された。そのため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭である。(wikipediaより抜粋転載)
   


More 天守閣からの眺め
by kappa-999 | 2016-11-03 20:24 | 小田原城    

つれづれに浮世の憂さを戯言に                                        彼岸に渡るまでの暇つぶしと気晴らしのブログ