2007.05.01 河童と音楽




徒然に浮世の憂さを戯言に(阿呆の戯言・独り言)。

おぼしきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、
筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、
人の見るべきにもあらず。
         (徒然草19段)



音楽は他の芸術と違って再現芸術である。スコア(総譜)と聴衆との間に指揮者(演奏者)が介在しなければスコアは芸術品でもなく単なる紙切れにしかすぎない。音楽は、指揮者(演奏者)を通してしか偉大な音楽家の作品を鑑賞することができない不便な芸術である。

指揮者(演奏者)を通してということは、指揮者の創造力・解釈力如何によって作曲家が意図したもの以上の名曲にもなり、逆に、駄作にもなり得る。

ここでの創造力とは、作曲家、画家、文学者達とは違いスコアを離れてまったく自由に創造ができるということではない。スコアに制約されるといことであり、スコアの解釈を通して作曲家の意図したものを再現し創造するということだろう。

クラッシク音楽は、音楽的素養を持った王侯貴族がスポンサーとなって支持された音楽でもある。聴き手の側にもそれなりの能力が要求されることになる。そして、作曲家、指揮者(演奏者)、聴衆が渾然一体となったときに初めて名曲が生まれるのだろう。

音楽的素養のない私にとってクラッシクは未だに外国語である。スコアが読めればなといつも思う。単なる癒しの道具、自己満足の芸術でしかない。 残念である。      
 
                                           
                   音楽は哲学よりも高次の啓示である。      ベートーヴェン
 






  2012.01.24 戯れに。

           
          バッハ                厳格な親父 幾何学。

          ハイドン               そつのない紳士

          モーツアルト             底抜けの楽天家。

          ベートーヴェン            理屈屋、気難しい 代数学

          シューベルト             貧乏書生。 

          ブラームス               躁鬱質

          シューマン              マザコン 

          ワーグナー              大悪党、偉大なる詐欺師。

          マーラー               分裂質

          ショパン               サロン的、退廃

          フルトヴェングラー          正統派

          チェリビダッケ            反骨精神

          カラヤン                商売人、処世術にたけたパラノイア
   




阿呆は自分以外の人間はすべて阿呆だと思ってる。
通常人は自分は阿呆でないから通常だと思っている。
No medicine can cure folly. 


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by kappa-999 | 2007-05-01 00:00 | 今日の一枚@河童