お宮参りの帰途、「阿波踊り会館1階」にある和田乃屋で休憩し、滝のやき餅を食す。



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8年前にアスティ徳島にあった工芸村の会議室で3ヵ月ほどパソコンの講習を受けたことがあり、
昼食後は、工芸村の中にあった和田乃屋の支店で「やき餅とコーヒー」との取り合わせで休憩していた。
その工芸村も訪れる観光客が少なくなり、閉鎖されてしまった。




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by kappa-999 | 2012-06-24 03:44 | 神社仏閣

2012.06.23 初宮参り。

       

  初孫のお宮参りに、眉山の麓にある天神社(天神さん)に。
  長女(母親)の七五三の時にお参りして以来のご無沙汰。長女は広田神社(西宮)で初宮参り。
          長男のときは氏神様(住吉神社)で初宮参り。    遠い昔の出来事。



            
          徳島眉山天神社は、徳島市にある神社で、菅原道真をお祭りする。


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          菅原道真と牛との関係は深く
          「道真の出生年は丑年である」「大宰府への左遷時、牛が道真を泣いて見送った」
          「道真は牛に乗り大宰府へ下った」「道真には牛がよくなつき、道真もまた牛を愛育した」
          「牛が刺客から道真を守った」「道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」
          など牛にまつわる伝承や縁起が数多く存在する。
          これにより牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされ臥牛の像が決まって置かれている。
                        (wikipediaより引用)


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          天神信仰は、天神(雷神)に対する信仰のことである。
          特に菅原道真を「天神様」として畏怖・祈願の対象とする神道の信仰のことをいう。

          本来、天神とは国津神に対する天津神のことであり特定の神の名ではなかったが、
          道真が死後火雷天神と呼ばれ雷神信仰と結びついたことなどを由来とし、
          道真の神霊に対する信仰もまた天神信仰と称するようになった。
                                 (wikipediaより引用))



                                     
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by kappa-999 | 2012-06-23 22:06 | 神社仏閣

 
大麻比古神社で引いた御神籤


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         氏神様の「宅宮神社」で引いた御神籤も[ Excellent] だった。

         今年はいいことが起こりそうな予感。
    
    
    
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by kappa-999 | 2010-01-27 13:26 | 神社仏閣

 
初詣に出かける場所として有名なのは、この「大麻比古神社」と連ドラの「ウエルかめ」で全国区になった美波町にある第23番札所「薬王寺」の二ヶ所がある。
正月三ヶ日は参拝客で大混雑する神社とお寺。
大麻比古神社への参拝客の数は三日間で30万人。

混雑を避けるために正月三ヶ日は氏神様を参拝、賀日を避けて初詣をしている。何時もは「薬王寺」へ厄払いのお参りに行くのだが、我家から1時間30分はかかる。今回は薬王寺までいくのがシンドイので30分程度で行ける「大麻比古神社」へ初詣。久しぶりも久しぶりの参拝。中学生のとき地理クラブの部活で来たのと、新車のお払いに一度来た記憶しかない。



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大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)は、徳島県鳴門市にある神社である。式内社(名神大)、阿波国一で、旧社格は国幣中社。「大麻さん」と呼ばれ、阿波国・淡路国両国の総鎮守として、現在は徳島県の総鎮守として信仰を集める。大麻山県立自然公園に指定されている。

主祭神 : 大麻比古神
配 祀 : 猿田彦大神

現在、主祭神の大麻比古神は天太玉命(あめのふとだまのみこと)のこととされ、後に古くから大麻山に祀られていた猿田彦大神を合祀したと伝えられている。


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大鳥居

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参道

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祓川橋と大麻山

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本殿

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More  大麻比古神社その他
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by kappa-999 | 2010-01-26 00:35 | 神社仏閣

  
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出雲大社(いずもおおやしろ、いずもたいしゃ)は島根県出雲市にある神社である。式内社(名神大)、出雲国
一宮で、旧社格は官幣大社。近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社であった。

祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。古来より「国中第一之霊神」として称えられ、その本殿は「天
下無双之大廈」と評された。

縁結びの神様としても知られ、神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり神議が行われる(神在
祭 旧暦10月11日~17日)。正式名称は「いずもおおやしろ」であるが、一般には「いずもたいしゃ」と読まれ
る。
    
   
   
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by kappa-999 | 2009-12-02 16:21 | 神社仏閣

   
興源寺(こうげんじ)は、徳島県徳島市下助任町にある臨済宗妙心寺派の寺院。

山号は大雄山。


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菖蒲園があると聞いて出かけたのだが、残念ながら時期を少し過ぎていた。


More 興源寺(蜂須賀家菩提寺)
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by kappa-999 | 2009-06-09 00:59 | 神社仏閣

     
徳円寺は、徳島県名東郡佐那河内村にある浄土宗の寺院。石楠花(シャクナゲ)の寺として有名。
徳円寺の位置は、密教系の寺院でないかと思わせる程、険しく狭い谷にあり、
嵯峨川の上流海抜700mの場所にある。


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徳円寺は、江戸時代の後期である文政(1818~29)年間に、徳円上人が開基したことによる。
上人は文化13年(1816)阿波に流下、鳴門の飛鳥阿南市伊島のそとば嶽、美馬郡高越山の天狗嶽で
別修行勤業ののち、後嵯峨の地に入り壁ヶ嶽に諸仏の示現を感得した。
そして、不思議の奇瑞(めでたいことの前兆としての現象)にうたれ、
この地を終焉の場所と定めたといわれている。
文政7年(1824)信者が協力して寺院を建立し、仏現山徳円寺となった。
                                (佐那河内村HPより)


徳円寺の駐車場にある石仏

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徳円寺への道

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徳円寺


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ミニ鐘楼 (高さは2mほどか)     可愛らしい鐘楼です。

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観音菩薩

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宝塔   唯一、現存する建物(湿気でそのうち倒壊の恐れががあるという。   

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 本堂の建っていた場所     (休憩所になっている)

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本堂は湿気の多い場所のために朽ち果ててしまい倒壊したとういう。
早く再建をしたいだろうが、資金面や厳しい谷あいにある場所のため難しそうである。
山間に囲まれた小さな山寺だが、落着いた雰囲気のお寺であった


More  帰途、大川原高原へ
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by kappa-999 | 2009-05-11 02:56 | 神社仏閣

      
標高約700mにある文政7年(1824)開山の山寺「徳円寺」(徳島県名東郡佐那河内村)に咲くシャクナゲ)。
眺めると長生きすると言われる不老長寿の花。


花言葉は、「威厳」、「警戒」、「危険」、「荘厳」


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岳人の森のシャクナゲ


More  山ツツジと藤の花
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by kappa-999 | 2009-05-10 00:06 | 神社仏閣

      
大宜都比売命・天石門別八倉比売命を祭神とする。

鎮座地は徳島市の西部で、周辺は「一宮町」という地名になっており、東方にある山の頂上にはかつて小笠原氏の「一宮城」という城があった。
神社の前には四国八十八箇所十三番札所の大日寺があり、神仏習合の時代には一体化していた。元々は上一宮大粟神社(名西郡神山町)が阿波国一宮であったが、参拝に不便であるため平安時代後期に国府の近くに分祠が作られ、こちらが一宮となったと伝えられる。本殿は国の重要文化財に指定されている。                      (wikipediaより引用)




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狛犬と神馬に守られた本殿

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大燈籠と石造りの太鼓橋

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   四国八十八所13番「大日寺」とは国道を挟んで正面にある。
   大日寺は巡礼者がひっきりなしに訪れるが、一宮神社を参拝する人は少ない。

   この神社の裏山には、蜂須賀氏が阿波国へ入国した時に築いた一宮城跡があり、石垣が残っている。
      
     
    

           
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by kappa-999 | 2008-11-03 03:57 | 神社仏閣

 

本堂より観る三門    

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血天井伝説

戦国時代、土佐の戦国大名・長宗我部元親は四国統一の途上、阿波国に攻め込んだ。那賀郡まで攻め入った際、
ここを治める牛岐城(富岡城)主・新開入道道善(新開遠江守忠之)は勇猛で知られており攻めあぐねた。
元親は一計を案じ、和議を申し入れた。
天正9年10月16日(新暦1581年11月12日)、道善を丈六寺に呼び出し酒宴を開いた。
和議の条件として、道善に対し四国統一の後に富岡城主の地位の確保し勝浦郡を与えるという案を示した。
好条件に道善主従は大いに満足し、酒宴は盛り上がった。
道善主従が、夕刻、宴を辞して帰ろうと縁側に出たところを、隠れていた元親の家臣に襲撃された。
道善主従も応戦したが多勢に無勢で全員殺害された。
この時の手形や足形の血痕は、拭っても消えなかったと言われる。
現在、この縁の板は寺内徳雲院の天井板として用いられており、
手形・足形の血痕らしき赤い形が認められる。
                                                                (Wikipediaより引用)


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by kappa-999 | 2008-04-09 00:00 | 神社仏閣